気ままな10連泊旅行 開始

今年2016年 ゴールデンウイーク 初めての長期旅行に行ってきました。
全10日10泊の旅行です。あまりに長期なため、事前の旅館予約なし。行先もあいまいなものでした。
最初の計画は、九州の高千穂、阿蘇へ行きたかったのですが、熊本の大地震のため急きょ行先を変更。
4/28夕、常滑17時半出発、3時間後に神戸六甲山のふもとの温泉に行って、その駐車場で宿泊しました。
旅行行程図

夜は1時まで営業している銭湯で、多くの神戸市民がきていましたが、朝になると私たちだけの車だけになりました。
 

臨死体験後に起きる変化

ケネス・リングの研究によると、臨死体験者は既成の特定宗教の立場を離れ、より普遍的な宗教心の探究へと向かう傾向にあるとのことです。オーストラリアのシェリー・サザーランドという学者は、臨死体験者は臨死体験をスピリチュアル(霊的)なものとして認識しており、宗教的な体験だと感じるものはゼロであったと著書に書いています。

臨死体験者の多くは、体験後の自分の肉体的・心理的な変化を明らかに自覚しています。統計では、体験者の50%が体験後に「生体エネルギー」が増加したことを報告しています。

また、自ら臨死体験者であり研究者でもあるフィリス・アトウォーター(Phyllis Atwater)が700名の臨死体験者にアンケートを行ったところ、臨死体験者は全体的に健康状態が向上する傾向にあることが判明しました。何割かの臨死体験者は、体験後に癒しの能力やヒーリングの能力が身につき、「他人への同情心が深まり、他人の手助けをしたいという願望が強まった」と回答したといいます。

ケネス・リングの著作 Lessons from the Light(2000)では臨死体験者に起こる変化が次のようにまとめられています。レイモンド・ムーディもほぼ同様の報告をしています。

1.【人生への評価】
何気ない会話、行動、自然など、日々の生活にある《当たり前のもの》を評価するようになる
2.【自己受容】
他者からの評価を気にせずに、ありのままの自分を認められるようになる
3.【他者への気遣い】
他者への思いやりが増大する
4.【生命への尊敬の念】
特に環境問題や生態系への関心が強まる
5.【反競争主義】
社会的な成功のための競争への関心が弱まる
6.【反物質主義】から【精神性への移行】
物質的な報酬への興味は薄れ、臨死体験で起きた精神的変容へ関心が移行する
7.【知識欲求】
精神的な知識への強烈な渇きを覚えるようになる
8.【目的意識】
人生は意味に満ちており、すべての人生には神聖な目的があるという意識が育つ
9.【死の恐怖の克服】
死への恐怖は完全に克服される。死のプロセス自体への恐怖は残る傾向もある
10.【死後の世界の確信】や【生まれ変わりの存在についての肯定的な信頼】が育つ
11.【自殺の否定】
12.【光への信頼】
13.【自己超越】
小さな自己という殻を破り、宇宙全体へと開かれていく心の成長をのぞむ
14.【サイキック現象】
ヒーリング・予知・テレパシー・透視などの体験が数多く起こることが確認されている




臨死以後

キューブラーロスによると、生前は盲目であった患者が臨死体験中に視力を取り戻し、体験中に病室などで起きた出来事を詳しく描写したという例が報告されています。ケネス・リングは目の不自由な臨死体験者約30人にインタビューをとった結果、回答者の80%が臨死体験中に「視る」ことができたことを認めました。この結果は、臨死体験者が現実の状況を生前以上に正確に把握できる例として、臨死体験の「客観性」をある側面から裏付けるものとなっています。

このような「知覚の拡大」は臨死体験においては珍しい現象ではなく、「体験者が昏睡状態にある手術室や、そこから離れた遠隔地の出来事を正確に描写できた」「自分の周りを背中なども含めて360度同時に眺める事が出来た」「自分の生前の身体のまわりに集まる人々の思考が読めた」「生前に手足を切断された者が体験中は四肢を取り戻していた」「遠隔地で自分とほぼ同時に死亡した友人と臨死体験中に遭遇した」などの現象も数多く報告されています。ロバート・サリヴァンという学者の研究では、とある軍人が臨死体験後に「視覚の拡大」の能力を持ちかえり、第二次大戦中にその能力を用いて激しい銃撃戦から生還した例などが紹介されているのです。


光の体験 人生回顧体験

臨死体験の主な特徴として「光」体験が挙げられます。多くの体験者の報告する所によれば、この光は人格を持っており、かつ「命そのものの光」であり、この光に遭遇すると、「自分のすべてを知りつくされ、理解され、受け入れられ、赦され、完全に愛しぬかれる」体験が起きるといいます。この愛は恋人や家族から感じる愛情とは比較にならないほど広大で、人間や生物のそれぞれの命が、自然界の大きな秩序の中で役割を果たして調和している様子をこの光の中で感じられたといいます。

レイモンド・ムーディによると、臨死体験者のほとんどがこの光に遭遇したとされます。またアメリカの学者、ケネス・リング博士やセイボム氏の研究によると、この光体験には性別・年齢・人種・居住地・職業・宗教などの個人的背景や、病気か事故死などの死因の違いによっても差が見られないとのことです。(ケネス・リングとは、セイボム氏と同様に臨死体験の研究に科学的・統計的な方法を導入して研究をおこなった学者です)

臨死体験の中に、人生回顧の体験をする人がいます。
この体験は、日常では記憶の底に忘れ去られていた過去の出来事を再体験するというもので、その際には体験者である自分の視点だけではなく、かつての自分が影響を与えた他者の視点からも出来事を再体験すると言われています。過去に自分が他人を傷つければ、傷つけられた他者の視点からその体験を味わい、喜びを与えればそれも再体験される。こうした体験により、蘇生後は他者への思いやりや自己への責任感が飛躍的に強まるというのです。
また自分が間接的に他者に与えた影響もここで体験する、との報告もなされています。臨死体験者として有名になったダニオン・ブリンクリーという人は、自らが配送した武器を自国の兵士たちが扱い、それにより殺された戦争被害者の感情や、その被害者を失った家族の悲しみを臨死体験中に味わったと著書で記述し、後悔をしています。また、ベティー・イーディーという人は、自らが起こした想念や行動が他人に影響を与える「ドミノの波」となり、世界中に影響を広げていき、最後には自分に戻ってくる、という「波及効果」のビジョンを見たことを著書にあらわし、告白しています。

レイモンド・ムーディは、この回顧体験には光の存在が現れる場合と現われない場合とがあり、前者の方が体験が強烈になることが報告しています。また、他者の視点に立ち過去を振り返ることで、蘇生後はより調和的な人格に変わるという内容から、この体験の存在は、臨死体験が全て自分の脳内でのみ起こるという脳内現象説への1つの反証例として提示しています。



臨死体験の共通点

臨死体験には、いろいろな例があります。幽体離脱、空中浮揚、トンネル体験、花畑体験、三途の川体験など。これは、私がここで例を挙げなくても、いくつかは皆さんも聞いたり、読んだりしたことがあるでしょう。

臨死体験には個人差があるようです。ただし、そこに一定のパターンがあることも否定できません。

1.死の宣告が聞こえる
心臓の停止を医師が宣告したことが聞こえる。この段階では既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い。
2.心の安らぎと静けさ
言いようのない心の安堵感がする。
3.耳障りな音
ブーンというような音がする。
4.暗いトンネル
トンネルのような筒状の中を通る。
5.物理的肉体を離れる
体外離脱をする。
6.他者との出会い
死んだ親族やその他の人物に出会う。
7.光の生命
光の生命に出会う。神や自然光など、自分の過去の人生が走馬灯のように見える。人生回顧の体験。
8.境界あるいは限界
死後の世界との境目を見る
9.蘇生
生き返る



死後の世界への科学的アプローチ

NHKが1991年3月17日にNHKスペシャルで「立花隆リポート 臨死体験〜人は死ぬ時 何を見るのか〜」という番組を放送したのと、立花隆の著作『臨死体験』(1994)が出版されたことにより、「臨死体験」ということが意識されるようになりました。

臨死体験の研究というのは、欧米の地質学者アルベルト・ハイムが登山時の事故で自身が 臨死体験したことをきっかけに、19世紀末に発表し先鞭をつけ、その後、アメリカ心霊研究協会やイタリアの医師ボッツァーノ、イギリスの物理学者のウィリアム・フレッチャー・バレットが20世紀初頭に、研究を発表したものの、その後1970年代までは、ごくわずかの例外を除いて、研究は途絶えていました。

1975年に医師のエリザベス・キューブラー=ロスと、医師で心理学者のレイモンド・ムーディがあいついで著書を出版したことで、「臨死体験」は、再び注目されるようになりました。 キューブラー・ロスの著書『死ぬ瞬間』は、約200人の臨死患者に聞き取りし、まとめたものです。
1982年には、事例に関する統計や科学的アプローチが、やはり医師(医学博士)のマイクル・セイボムによってなされ、調査結果を書籍として出版しました。


死後の世界

 かつて、カールマルクスは、「宗教はアヘンである」と言いました。社会主義国では、宗教は非常に厳しい弾圧をしてきました。けれども、どの国でも、宗教は生き残り、現在の中国でもロシアでも、宗教の復権がなされ、連綿と続いています。
科学者は、宗教を科学的でないと否定しているかとおもいきや、科学者の中にも宗教を信じ、神や仏を信じている人がいます。また、世界に名を馳せた科学者が言うには、「一部の科学者は、死後の世界などまやかしだと言うが、そのほとんどが論理的なものではなく、そう偏って信じているに過ぎない」と言っています。

確かに、どんなえらい科学者でも、死後の世界など論理的に確かめようがない。自分が死んだら、「あの世があった!」と思っても、それを論証する自分がこの世にいないのですから…。神も仏も幽霊も、そして天国も地獄も死後の世界も、証明のしようもありませんが、否定の証明もできずにきました。

けれども、死後の世界を類推することはできるようです。例えば、一旦死んで、生き返ってきた人。(心臓が止まって生き返ってきた人)
そうです。あの臨死体験です。

英語ではNear Death Experienceと言い、日本語では訳語が「臨死体験」以外にも「ニアデス体験」「近似死体験」とされています。統計的に心停止の状態から蘇生した人の4〜18%が臨死体験を報告する、ということが判っていますし、近年では医学技術により、停止した心臓の拍動や呼吸をふたたび開始させることも可能になったため、死の淵から生還する人の数は過去に比べて増えています。

臨死体験にはいくつかのパターンが見受けられ、光体験、人生回顧、知覚の拡大などが頻繁に報告されています。臨死体験者は、それをあまり宗教的なものとは感じておらず、スピリチュアルなものだと感じており、体験後は、既成の特定宗教の立場を離れ、より普遍的な宗教心の探究へと向かう傾向にあるようです。

臨死体験者はその体験後、全体的に健康状態が向上する傾向にあり、何割かはヒーリングの能力などを得たといいます。また、日々の《当たり前のもの》を評価するようになり、思いやりが増し、物質主義から離れ、精神的なものを志向するようになるなどの変化が現れる傾向があるそうです。


心のあり方について

この世から、いなくなったらどうなるかなんて、考えたことありますか?
人は、誰でも、自分の死ということを考えたことのない人はいないのではないでしょうか。

エントランス「死後なんてないよ。極楽なんて、宗教や人間が作り出した想像の世界だ」という無神論の人もいますが、それでも、自分というものがなくなってしまうということを創造すると、やっぱり「死にたくない!怖い!」という感情が沸いてきます。

幽霊、霊魂、魂、神、仏、守護霊などのことが取りざたされますが、どれもいま一つ確信が持てません。 ましてや、霊となって取り付くとか、祟られるなどと言われると無神論者であったとしても、死後の世界に対して、怖さすら感じてしまいます。

一般科学的な考え方として、「脳の活動として意識及び人格を作り出している。心は脳の働きである。」と思われているようです。ところが、脳の働きはかなり分析されていますが、「これは私である」という意識が、脳のどこから生まれているのかは、まだ最新科学でも、未知の分野です。そもそも、そこまで追求できるのかに疑問を抱く科学者は多い。
命、生命現象の法則は科学で見いだせても、生命そのものの存在は科学で捉えられておらず、謎だらけです。というのは、生命現象は物理的法則(エントロピーの増加)に反しているからです。生命現象には、生きる・増えるということに関して、なにか大きなものの意図と意味があるのを感じざるをえません。生命現象は、体内物質の単なる化学反応では説明できない、片付けられない美しさと意図的な意思があるのです。

死ぬと自分という意識がこの世から消えてしまうということ自体が、不安であり恐怖だと思いませんか?本当に、死んでしまったら、自分という意識は消えてしまうのでしょうか?それとも、魂となって存在しつづけられるのでしょうか?死後の世界というのは、本当のところはどうなっているのでしょう。

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